2012年06月20日

鶴太屋劇場 第34回

幽(くら)き尺八

作・鶴太屋


漣(さざなみ)の輝き響(とよ)む春潮のヴィオラ・ソナタのあなたを聴きたい


月夜茸あはく光れる夜の森チェレスタの音(ね)が星より届く


浜木綿忌箏(こと)の響(な)り来る邸宅の襖を開けてもあけても燕


校塔の鳩は睡りの死に墜ちて月光が敲く銹びし鉄琴


掃海艇しづかに沖を移りゐるこの夏の日を奏でるフルート


街角の恋人たちのおしやべりが鍵盤鳴らすチェンバロの夢


水くぐる碧(あを)き河鴉を視たる一瞬の後(のち)炎(も)えあがるチェロ


泥鰌鍋啖(くら)ひてゐたり春雪の戸外を響く幽(くら)き尺八


透きとほる泪の河に翡翠(かはせみ)が餌(ゑ)を漁りゐしあの黄昏の笛


夕雲にチャルメラ消(け)入り行商の蜆の鳴くこゑのみの裏町


欅の蔭に牧童のリュート残されて花咲くをとめは海光の中


血より濃き涙は知らずうすぐらき家系の暗渠を壊せよギター


クラリネット・ソロは虚空に掻き消えれど音楽とふは回帰する魔


鳥のカタログ飽かず聴きゐる冬の夜のヴァイオリンめき咳する家妻


うち濁る魂の柵跳び越えむ銀のサキソフォンたをやかに掴み


喉元ひかるホルン奏者のあはき恋青き蝶くちびるにさまよひ


黎明に生(あ)るる光の泡零(ふ)ればコントラバスを奏でゐる初夏



タイトルと選・笹公人

お題「楽器」
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2012年03月27日

鶴太屋劇場 第33回


たまきはるバッハ

作・鶴太屋



かぎろひのスコット・ラファロ死の後も翡翠のベースまだ響(な)りやまぬ



あづさゆみ春の愛恋はかなくて木瓜(ぼけ)の花のみ咲き雪崩るるよ



フェルメールのひかりにふれて濡れ佇てるかな玉藻刈る市川実日子



なまよみの甲斐の温泉(ゆ)に入る神無月戞戞と征く魔(もの)の跫おと



たまきはるバッハの楽は雲母(きらら)刷くわが耳に棲む蜥蜴を嘉し



精液・銃・泥・血・戦争・馬の子宮、ああ風の音(と)のクロード・シモン



うづらなく郷里も棄てて橋歩(あり)く突如わが肉透かす月光



タイトルと選・笹公人

お題「枕詞を使った歌」

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2012年02月01日

鶴太屋劇場 第32回


狂院の桜鯛

作・鶴太屋


ひまはりの首断ち切れば耳もとに氷のきしる氷河の呼びごゑ



さるすべり夏空占めて輝けば頬を掠めて黄金(きん)のクラゲよ



茄子の花むらさき零す夏の光(かげ)露とばかりにいちにんの訃



夏色の少年兵のゑがほなどピンで留めおけ高きたかきカンナ



青き菊を風に挿したり鉄にほひわれの骨壺歌ひだす日に



断弦のギター炎やせよ狂院の桜鯛煮(た)く死後のキッチン



師の墓の侘助椿ふるふると淡墨(うすずみ)の風に怺へゐるのみ



紅梅の一輪冱える羞(やさ)しさに雪明りするこの傘の中



タイトルと選・笹公人

お題「花」

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鶴太屋劇場 第31回


火の鏡

作・鶴太屋


曇り日の鏡に沈む海鼠かな愛をむさぼるその虚無の口



冬の鏡に枯れ蔓つたひ鷹睡るこの生命の愛(いと)しきろかも



鏡のごとき春の泉に膝折れば惑ひの水精もいつしか水仙



女鳥羽川、寒の流れの泡寄せる泉鏡花を読みそめて冬



火の鏡に数瞬の夏封じこめオリーヴの実を眼に埋づめ去れ



合はせ鏡の無限にわれら遠ざかり夢幻の桃を欲る終身刑



夏の鏡に髪梳(と)く乙女 兄われに薄紅色の雨ひとしきり



われらが祖(おや)の霊は満ちたり係累の血の鏡から虚無が滴る



タイトルと選・笹公人

お題「鏡」
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2010年10月17日

鶴太屋劇場 第30回

天金の書

作・鶴太屋


紙魚奔れるを天金の書に封じこめ怠(だる)き安息日なにもて遊ぶ



小春日和のひとつ雀蛾ただよへる天金の書は神のあそび場



くろがねの爆撃機去り蝉にぎり潰しし香の青くさき香なるや



蟋蟀の肢冷えてゐる夜の秋あふるれとこそ水楢の実零(ふ)れ



虻逐へる牛のしつぽの夏来たり干し草の香のスカラベ・サクレ



夏蝶は墓標を越えて翔びゆけば森の扉(と)に凭る胸痛きまで



黒揚羽谿深くこそ揺らめけれ銃(つつ)の音鳴れば木霊は速く



タイトルと選・笹公人

お題「虫」
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鶴太屋劇場 第29回

薔薇色の電話機

作・鶴太屋


電話ボックス暮春の街に立ちたるを開けば異土への扉めき冷ゆ


大霊界の赤電話一基飛びたるを夏の憶ひ出のよすがとすらむ


逝ける友への電話 ふるへる受話器から洩るる『中国の不思議な役人』


電話線蔓草のごと繁れるを視てこの夢の果て踵(くびす)かへさむ


電話機に残るささやかな通話録永遠(とは)の一部とし珈琲飲めり


薔薇色の電話機夢に溶けてゆくわが日日を恥ぢアイロンかける


電話線かじるねずみの脳点(とも)る紫の夜明けにつつまれぼくら 


ラムネ飲めば身ぬちを透かす夏が来る昔は携帯電話を運んだ


晩夏光カットグラスに響きあふこの室内楽も電話がやぶる


恋人たちの街角の電話鎮座して『冬の散歩道』聴きゐし70's



タイトルと選・笹公人

お題「電話」
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鶴太屋劇場 第28回

神の天衣

作・鶴太屋


神神の黄昏溶けゆく白夜なり平岩紙の瞳(め)に澄むオーロラ



『フィンランディア』響く北の地孤(ひと)りゆく神神の愛が謐(しづ)かに零(ふ)れば



草いきれに噎せる夏野が眼にあれば神の天衣(てんね)の眩(まばゆ)きばかり



主よ浄められし今宵はオリーヴのあぶらに映る月のカデンツァ



主よ雪の道に行きなずむわれなれば蝋燭くはへし痩せ犬の飢ゑ



主よけふも麺麭(パン)を齧れり願はくば鹹(から)きなみだの泉に浸し



ウェブ司る神はあらねど「天安門」ググれば五百万の魂



神の留守何し莨の火はかをる罪なる夜にながらふを許せ



タイトルと選・笹公人

お題「神」
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2010年04月26日

鶴太屋劇場 第27回

母とぬりかべ

作・鶴太屋


「ゲゲゲの鬼太郎」


平和祭 下駄の音ひびき鬼太郎が焼き鳥食らふときの眼の夜


鬼太郎の浅き眠りに黄砂降り命奪(と)る魔(もの)の余韻ありき


ぬりかべに塗り込められし思ひ出や明るき日差しに佇(た)ちゐる母


紫雲英田(げんげだ)を鋤く黒牛の暗き春砂かけ婆に愛されたかり


ねずみ男になりたし裸一貫を知らず海月(くらげ)の日日をただよふ


嬰児くるみて一反木綿の耐ふる冬遍路の鈴に夢まで凍てて



タイトルと選・笹公人

お題「アニメ(2010年度版)」
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2010年03月18日

鶴太屋劇場 第26回

幽霊桜

作・鶴太屋


デンドロビウム花咲くとみて蟾蜍(ひき)啼けり一陣の風身籠りゐしか


青葉寒 熊の眉間に一撃の銃(つつ)透きとほり水無月の水


さくらばな一花(いちげ)氷れる夢の外溝(どぶ)に映るはネオンの街か


一つ餅火鉢にふくれつつありぬわが窓透かせば濁世の灯(ほ)明り


絶望の火の一滴(ひとしづく)胸に咲き来歴問へば砂はく蜆(しじみ)


詩としての抒情装置は肯(うべな)へど水鶏(くひな)一羽も白く飛ばざる


メタセコイアの一樹陽(ひ)の色真夏日に汗にじむ地(つち)白線ぐいと


くろがねのにほひ流れて一閃の冬雷されば霙(みぞ)れてゐたり


第一志望「血みどろ臓物ハイスクール」の少女吐瀉して時じくの胃痛


海阪(うなさか)に一つ火の玉拝(をろが)みて濁世の穢れ美しく過ぐる


碧落を支へし一日(ひとひ)の無聊なり湯舟の檸檬足もて沈め


幽霊桜のこぬれに招く手が一つ蛇目傘(じやのめ)ぞ差せば黙して通る


一番星枯木にかかるたそがれのあはれほろ酔ひ肝(かん)透きとほる


桐一葉秋に揺れゐる望郷のこころ惨たり眼(め)に降るわくら葉


どの男も一人オートバイ疾駆せり揮発油かをれるアデン・アラビア


冬の果(み)の林檎にナイフ喰ひこませ一人(いちにん)の愛滅び去る見し


野兎の血を垂らしつつ樟の樹の一眼(いちがん)薄(うす)う感じつつある


栗鼠の血の麺麭(パン)に散るとき運河ゆく船一艘のなまぐさき火事


『ロリータ』に一輪の押し花 傘をもて花を薙げども密林の孤独


鯨カツの一切れ口に運びつつ思(も)ふ海のシェパードこそ狂犬か



タイトルと選・笹 公人

お題:「一(1)」
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鶴太屋劇場 第25回

石の脳髄

作・鶴太屋


石に刻む少女(をとめ)風中そのむかし縊れし傀儡女(くぐつめ)の一人かは


飢ゑ充たすとて石ねぶれども舌寒し クヌート・ハムスン忌の紫雲英田(げんげだ)


実石榴の熟るる季節に息吹きかけ琥珀少女(をとめ)のパッション・フルーツ


錐揉みの銀機絶巓をけずりたれば蜘蛛匍(は)ふ石にはしれる白露(はくろ)


大寒の鶏(とり)の蹴上ぐる凍土かなくちびる噛みて漱石の坐(ま)す


石動(いするぎ)の寒の市ゆく葱の香や雉子(きじ)の首提げ哭(な)けり美丈夫


骨壺のうたひをどれり大泉滉(あきら)の父たる黒石(こくせき)の骨


湧き来(きた)る数瞬の霧スコッチ乾(ほ)し石原裕次郎のにがわらひ


魚(うを)の棲む石あるべしや石を売るつげ義春に犬狼星(シリウス)ささぐ


浄夜なり道道の石響(な)り交へば紫水晶(アメジスト)の息吐ける少女子(をとめご)


石廊に花の葬儀のデジャ・ヴュ再(ま)た 砂糖漬けの父ほろにがき母


ギャングたち誰より死ぬる愛に死ね海石榴(つばき)咲く野にかぎろひの骨


オランウータン無心の眼澄みとほり宙(そら)への石段のぼらば楼蘭


祭囃子の記憶遙かに齢(よはひ)ふる 宝石の脳髄(なづき)飴いろに痺れ


墓標踏み倒し末枯(すが)るる故郷かな水晶石のうちの寒鮒(かんぶな)


ギリシアの裔の石殿炎ゆる日を伽藍ささふる女人柱(カリアティド)の黙(もだ)


石窟の画(ゑ)の馬駈くる形(なり)のままつぶらなる眼(め)は夜に濡れゐしか


ジェーン・バーキン歌へば熱のゆりかごに届けよ雪花石膏の詩(うた)


猫目石の釦(ぼたん)澄みたり精霊にゆき逅ひしのちのたかぶる炎


アヴェ・マリア聴きつつ凛(さむ)し石の薔薇けさ渾身の露湛へたる


囀り石のするどき傷や父(てて)なし子ひとり遊びに折る曼珠沙華


逢魔ヶ刻と笑ひて別れひとり蹴る小石のさむしあをき没陽(いりひ)よ


青き鬱のビタミン剤嚥(の)み夜をこめて読むなる明石海人のうた


紫苑雪野のしろたへ被(かづ)き枯れわたる点鬼簿焚けば石川淳の忌


石筆(せきひつ)を売るよろづ屋の世も過ぎて焼き茄子串に刺せば晩涼


石妖に憑かれ石工(いしく)の鑿(のみ)打てる火花と散ればひもじき蛍


根こそぎの夭(わか)き石楠花移し植ゑ鬱金(うこん)の鳥が花に溺るる


月光に碧(あを)き石筍きしりたれ薄氷の湖(うみ)わたる若僧(にやくそう)


娶らざる兄(え)に桜雨ふりそそぎ婚姻色の石斑魚(うぐひ)一尾や


他界の石ノ森章太郎ゑまひつつ草むす脳髄(なづき)のそよぐ少年



タイトルと選・笹 公人

お題:「石」
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