
チョイス!
画像のアップロードに失敗して1時間以上かけて書いた原稿が
すべて消えてしまった笹師範です。

ボクのツッコミもやり直しです・・・。

鮮度落ちるよね。
気を取り直して、記憶をたどりつつ省略バージョンで書きたいと思います。
『笹公人の念力短歌トレーニング』(扶桑社)
ほとんどの部分を書き終えました。
投稿作品はページ数の都合でかなり厳選した感じになっています。
たくさん投稿してくれた人は1首でもいいから載せたい、
でもこの歌を載せたらあの人のこの歌も載せなくては不公平になるし・・・という感じで1首を前にして10分以上悩むこともザラにありました。
そんな感じで寿命が縮まるほどエネルギーを注ぎ込んだ本です。
正直、若いうちにしかつくれない本だと思います。
楽しみにしていてください!
第三歌集『抒情の奇妙な冒険』(早川書房)
のほうもこれから大急ぎでとりかかります。
どちらも
3月下旬発売予定です。

楽しみです!
ところで、
「NHK全国短歌大会」
ふつうの格好でしたね。
期待してたのに・・・。

あれはねぇ、実は、ジュリーの「TOKIO」の衣装で行ったんだけど、パラシュートが入口で引っかかって通らなかったからあきらめたの・・・。

ウソつけ!

というか今回は客席で挨拶だったから、客席で気合いを入れてコスプレするのも馬鹿みたいだから、ふつうの服で行くことにしたの。

賢明です。

ということで、僕が
中学生の部の大賞に選んだ歌をご紹介します。
・おみやげを両手いっぱい買わされた千手観音腕をください
(森裕紀・中三)

なんてバチあたりな・・・。
でも、おもしろい!

選考会でこの歌を大賞に推した時は、 「え!? この歌を大賞に推しちゃうんですか・・・?!」という感じで会場がざわめいたのだけど、そのムードを押し切って大賞に選んでよかった。
どうみても「ユーモア賞」くらいの歌だけど、僕が選者になったからにはそのくらい思いきったことをしたい。
・剣道部夏合宿の思い出は小手の臭いでもみけされてた
(木家 李・中二)
という歌も印象に残りました。
こういう他の選者が絶対採らないであろう歌を引き上げるのも自分の使命だと思ってます。
そして、
小学生の部の大賞
に選んだのはこの歌です。
・きのうはねしゅくだいなくて大はしゃぎサッカーボールもはずんでいたよ
(日向市坪谷小1年 富山海都くん)
素晴らしい歌です。
大人の部の選者であり、お世話になっている伊藤一彦先生によると、この富山くんが通っている小学校・日向市坪谷小学校は、あの若山牧水の母校だそうです。
しかも全校生徒が21人の学校だそうです。
これは凄いことですよ。
1月29日(火)の
「宮崎日日新聞」の一面記事
にもなりました。
伊藤先生から送っていただいた新聞をみると、東国原知事の広いおでこの横にちょうど僕の名前が・・・!
なにかの暗示でないといいけど・・・(ロゲインを塗りつつ)。
今回入選された小・中学生のみなさん、
これからもぜひ短歌をつくり続けていってください!
いま発売中の
『短歌』2月号(角川書店)の特集
「現代万葉集・投稿歌人の秀歌」
でも、「笹短歌ドットコム」に寄せられた歌を紹介させていただいてます。
鶴太屋さん、かわらさん、松本響さん、佐田やよいさん、帯一鐘信さん、砺波湊さんの歌を紹介させていただきました。
松本響さんは、隣のページの香川ヒサさんも採っていますね。
暮夜宴さん、瑞紀さんも。
あと、高野公彦先生がてこなさんの歌を採っていますね。
ぜひ買って読んでみてください。
『わしズム』冬号(小学館)発売されました!
連載「タイムスリップ31」
今回のテーマは、
「昭和のオカルトブーム」です。
つのだじろう先生の写真付きです。
僕の顔がなぜか与謝野晶子みたいに映っていて不思議です。
まさにオカルト・・・?
朱川湊人×笹公人
「遊星ハグルマ装置」 更新されました!
今回は僕の短歌
「アイスクリームショップガール」
です。
2月3日(日)午前7時30分〜8時30分
NHK教育テレビ
「NHK全国短歌大会」
が放送されます!
イベント自体が盛り上がって楽しかったですし、
僕もちょこっと映るかもしれないので、ぜひご覧ください。
NHK文化センター
「笹公人の青山短歌キャンプ」
受講者募集中!
開催日 :3/8 3/22 3/29
曜日・時間 :第2・4・5土曜 15:30〜17:30
期間 :3月
回数 :3回
※日程に変更がありました。
3月29日(土)の講座のあとの懇親会で出版記念ミニパーティーをやろうと思います。詳細はまた書きます。
投稿者のみなさんには全員参加していただきたい気持ちです。
サプライズゲストもお招きする予定です。
ぜひご参加ください!
前回のシブヤ大学の講座の時の記念写真。
抽選に当たった受講者のみなさんと。
「総評」は、もうちょっとお待ちください。
申し訳ありません。
では、お待ちかねの斉藤真伸さんの短歌エッセイです。
穂村さんのお話、とてもわかりやすいです。

よろしく哀愁☆
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「どーでもいいもの」by・斉藤真伸

先日、歌人の穂村弘さんの講演を聞く機会がありました。名前を聞いたことのある方も多いと思いますが、穂村さんは歌集『シンジケート』などで知られている歌人で、つい最近、『短歌の友人』(河出書房新社)という評論集を出されたばかりです。
いろいろと興味深い話を伺ったんですが、その中に、「いい歌の条件」(とされるもの)についての話もありました。ひと口に「いい歌」と言ってもいろいろあるんですが、穂村さんはその一つとして、「実感の表現」、つまり「現実の手触りを高い精度で」再現できているかどうか、ということを挙げています。
では具体的にどういうテクニックがいるかというと、穂村さんによれば、「なるべく具体的で小さな違和感」を歌に盛り込むことなのだそうです。これは、言い換えれば、自分がモノをみたり考えたりするうえで違和感を感じたり、ちょっと引っかかったことを歌にするということでしょうか。そしてこの「なるべく具体的で小さな違和感」を捉える名人として穂村さんが名前を挙げたのが、今日ご紹介する吉川宏志さんです。
吉川宏志さんは一九六九年生まれですから、僕(一九七一年)より二つ年上ですが、歌の実力や実績ははるかに吉川さんの方が上です。最新歌集『曳舟』(短歌研究社)から何首か引いてみましょう。
・秋の日のかやつり草を教えしが子は蚊帳知らず我も知らない
・六時半には長針も短針も垂れさがるなり青暗き部屋
・書店にて人を待ちつつ白き本に巻かれし帯のゆがみを直す
一首目、人間の道具である「蚊帳」は、もうとっくの昔に廃れてしまったのに、その名をつけられた植物はいまだに生えている、ということに気付いてしまったときの違和感をすくい取った歌です。「子は蚊帳知らず我も知らない」ですから、もはやジェネレーションギャップどころの問題じゃないですよね。ちなみに以前吉川さんご本人から「自分も短歌を始めるまえは草花の名前なんて全然知らなかったんだけど、短歌を始めてからは図鑑とか買ってきて徐々に覚えた」みたいな話を伺ったことがあります。
二首目、これは眼が捉えた微かな違和感を見逃さずに、まさに言葉を使って「捕獲した」作品です。「六時半には長針も短針も垂れさがる」は、言われてみれば当たり前なんですが、いままでそんなことに注目した人っていますか? 「なるべく具体的で小さな違和感」のよき例でしょう。
三首目、これもまあ、どうでもいいと言えばどうでもいい場面なんですが、頼まれもしないのに「帯のゆがみを直す」作者の行為から、やるせなさや、かすかな苛立ち、もしくは現実からちょっとズレたような律義さを感じますね。
また穂村さんの話に戻りますけど、「なるべく具体的で小さな違和感」って、「現実的社会的には役に立たない情報」つまり、一般的には「どーでもいいもの」の方が望ましいんだそうです。その「どーでもいいもの」が「短歌的なリアリティ」を生み出す源なんです。
ここにあげた吉川さんの歌って、内容的には確かに「どーでもいいもの」なんですが、それがなぜ読者の心を揺さぶるのか、なぜ読者は書かれているもの以上の広い世界を感じるのか、それが少しでもわかっていただけたら有り難いと思います。以前紹介した花山多佳子さんを「常人には見えないものが見える人」だとすれば、この吉川宏志さんは「常人にも見えているけど見過ごしているものを捉えて言語化する人」だと言えます。
吉川さんの短歌世界はほとんどが「現実」に立脚したものですが、非現実的な世界を描いた作品でも、この「なるべく具体的で小さな違和感」って有効なんですよ。次回はそのへんの話もしたいと思います。ではまた。