作・鶴太屋
漣(さざなみ)の輝き響(とよ)む春潮のヴィオラ・ソナタのあなたを聴きたい
月夜茸あはく光れる夜の森チェレスタの音(ね)が星より届く
浜木綿忌箏(こと)の響(な)り来る邸宅の襖を開けてもあけても燕
校塔の鳩は睡りの死に墜ちて月光が敲く銹びし鉄琴
掃海艇しづかに沖を移りゐるこの夏の日を奏でるフルート
街角の恋人たちのおしやべりが鍵盤鳴らすチェンバロの夢
水くぐる碧(あを)き河鴉を視たる一瞬の後(のち)炎(も)えあがるチェロ
泥鰌鍋啖(くら)ひてゐたり春雪の戸外を響く幽(くら)き尺八
透きとほる泪の河に翡翠(かはせみ)が餌(ゑ)を漁りゐしあの黄昏の笛
夕雲にチャルメラ消(け)入り行商の蜆の鳴くこゑのみの裏町
欅の蔭に牧童のリュート残されて花咲くをとめは海光の中
血より濃き涙は知らずうすぐらき家系の暗渠を壊せよギター
クラリネット・ソロは虚空に掻き消えれど音楽とふは回帰する魔
鳥のカタログ飽かず聴きゐる冬の夜のヴァイオリンめき咳する家妻
うち濁る魂の柵跳び越えむ銀のサキソフォンたをやかに掴み
喉元ひかるホルン奏者のあはき恋青き蝶くちびるにさまよひ
黎明に生(あ)るる光の泡零(ふ)ればコントラバスを奏でゐる初夏
タイトルと選・笹公人
お題「楽器」