作・鶴太屋
石に刻む少女(をとめ)風中そのむかし縊れし傀儡女(くぐつめ)の一人かは
飢ゑ充たすとて石ねぶれども舌寒し クヌート・ハムスン忌の紫雲英田(げんげだ)
実石榴の熟るる季節に息吹きかけ琥珀少女(をとめ)のパッション・フルーツ
錐揉みの銀機絶巓をけずりたれば蜘蛛匍(は)ふ石にはしれる白露(はくろ)
大寒の鶏(とり)の蹴上ぐる凍土かなくちびる噛みて漱石の坐(ま)す
石動(いするぎ)の寒の市ゆく葱の香や雉子(きじ)の首提げ哭(な)けり美丈夫
骨壺のうたひをどれり大泉滉(あきら)の父たる黒石(こくせき)の骨
湧き来(きた)る数瞬の霧スコッチ乾(ほ)し石原裕次郎のにがわらひ
魚(うを)の棲む石あるべしや石を売るつげ義春に犬狼星(シリウス)ささぐ
浄夜なり道道の石響(な)り交へば紫水晶(アメジスト)の息吐ける少女子(をとめご)
石廊に花の葬儀のデジャ・ヴュ再(ま)た 砂糖漬けの父ほろにがき母
ギャングたち誰より死ぬる愛に死ね海石榴(つばき)咲く野にかぎろひの骨
オランウータン無心の眼澄みとほり宙(そら)への石段のぼらば楼蘭
祭囃子の記憶遙かに齢(よはひ)ふる 宝石の脳髄(なづき)飴いろに痺れ
墓標踏み倒し末枯(すが)るる故郷かな水晶石のうちの寒鮒(かんぶな)
ギリシアの裔の石殿炎ゆる日を伽藍ささふる女人柱(カリアティド)の黙(もだ)
石窟の画(ゑ)の馬駈くる形(なり)のままつぶらなる眼(め)は夜に濡れゐしか
ジェーン・バーキン歌へば熱のゆりかごに届けよ雪花石膏の詩(うた)
猫目石の釦(ぼたん)澄みたり精霊にゆき逅ひしのちのたかぶる炎
アヴェ・マリア聴きつつ凛(さむ)し石の薔薇けさ渾身の露湛へたる
囀り石のするどき傷や父(てて)なし子ひとり遊びに折る曼珠沙華
逢魔ヶ刻と笑ひて別れひとり蹴る小石のさむしあをき没陽(いりひ)よ
青き鬱のビタミン剤嚥(の)み夜をこめて読むなる明石海人のうた
紫苑雪野のしろたへ被(かづ)き枯れわたる点鬼簿焚けば石川淳の忌
石筆(せきひつ)を売るよろづ屋の世も過ぎて焼き茄子串に刺せば晩涼
石妖に憑かれ石工(いしく)の鑿(のみ)打てる火花と散ればひもじき蛍
根こそぎの夭(わか)き石楠花移し植ゑ鬱金(うこん)の鳥が花に溺るる
月光に碧(あを)き石筍きしりたれ薄氷の湖(うみ)わたる若僧(にやくそう)
娶らざる兄(え)に桜雨ふりそそぎ婚姻色の石斑魚(うぐひ)一尾や
他界の石ノ森章太郎ゑまひつつ草むす脳髄(なづき)のそよぐ少年
タイトルと選・笹 公人
お題:「石」