作・鶴太屋
鬱血のリング泡だち韻(ひび)きたれボクサー倒るればまなかひの海
黒き楽譜にくるむトカレフ砂に埋め青年の眸(め)の冬の海荒る
象亀の眸(まみ)に古代の海映るごときゆふやけ拳(けん)かたく矚(み)る
信天翁(あはうどり)白き羽搏つ泥濘や海鳴りくらきおほき曇り日
冬の霓(にじ)たつ楡の天辺(てつぺん)吹かれゐつ遠景に鳴る荒海あをき
星満ちて水甕あふる百日紅(さるすべり)白き花噴き海が呼んでる
俯きて莨火つける 激浪の海鳴り聴きつつ男の背中
海昏れてうつせみのわが繋ぎゐる漁船は涙(なんだ)と汗に饐えをり
昏れて雪 鮟鱇ぶつ切る刃に触れて海辺の焚火のひとり視てゐる
鷹の眸(まみ)くれなゐ走る 碧天は死に満ちたれば海の夏なり
うつくしき溺死者海をさまよふを金貨に刻むウンディーネ恋ふ
太古の素甕に棲みたる蛸のたこやきなり海の底まで流涕したり
石榴狂へる天(あま)つ光に風生まれギリシャの海の夕凪澄めり
絶海にひとり浮きゐる夢を見て露のヴァイオリン弾けば露の音(ね)
音叉鳴る暮春のころは笛吹きて海の上ゆき鯊(はぜ)も釣りたり
春の潮(うしほ)鬱鬱と荒れ船長は阿片に溺れゐき海の泡
むらさきに海鼠(なまこ)暮れゆく冬の日は海の底吹く木枯しの音
白き海光窓辺にうるむ海葡萄噛めば壊れし古時計鳴れり
青銀河は雛罌粟(ひなげし)の束てのひらに海王星はしづかに炎ゆる
渤海より使者来(きた)れりと古文書の紙魚の食ひ跡日本いつ滅ぶ
タイトルと選・笹 公人
お題「海」