作・鶴太屋
駿馬いななく荒野(あらの)のひかり厩戸皇子は蹄の足掻きに生(あ)れぬ
熱き血の小野妹子の眸(め)に咲(ひら)く紅梅一輪海に散りたる
蘇我馬子の墓陵に佇ちて懐かしむ冥(くら)き祭事と恋と酒かな
新緑あふれ坐して歌詠む人麻呂の想ひに浄きうぐひす孵(かへ)る
稗田阿礼の誦する神話のいまさらに病む民と馬の聖家族なせり
『古事記』成る 太安万侶筆投げて五勺の酒汲む古き酒甕
「憶良らはいまは罷らむ」酒場(バー)出でてさや鳴る星夜そびらに享ける
髻華(うず)に桃挿す少女まぶしも雑草(あらくさ)に寝転び春を家持惜しむ
定家歌集ポケットに詰め奔りをり蒼き陽の差す裂創の若木
葉桜の仁王像立ち闇照らす瞋恚(しんに)の眼(まなこ)運慶偲ばゆ
一遍の踊り念仏街にあふれ今日も明日も生きの同胞(はらから)
読みさしの花伝書風に捲(めく)れたりそこより三歩たましひの世阿弥
連歌師の宗祇旅する言葉のみ武器として持つあらくれの裔(すゑ)
金堂のうちに雪舟筆ふくむ野分到(いた)れる枯山水見て
風と光に聖書はためきザビエルのともがら想ふ裸身の耶蘇
島原の燈(ひ)は揺るれども血潮噴く天草四郎に耶蘇の血循(めぐ)れ
みちのくの羇旅青年を連れ歩く芭蕉の明眸「侘び」にやすらぐ
赤富士は孤(ひと)つ雲呼び南蛮の酒を嘗めつつ北斎はゑがく
スカラベ乾(から)びて大杉栄のペン尖に「惨殺」の一語雨に濡れゐる
はつなつの冤罪にして死を賜はる秋水の獄より群るる十薬(どくだみ)
タイトルと選・笹公人
お題「日本史上の人名」