作・鶴太屋
深秋の熱き身沁むる空つ風 夢幻のむかうに虎ノ湯炎ゆる
路地奥の松ノ湯の光(かげ)燦燦と若き阿修羅がずんと湯浴みす
電気湯に浸かれるウナギ犬もゐて青き憤怒の今凪ぎはじむ
泉にて沐浴しゐる水精(ニンフ)らの淡き壁画の白樺の湯
鉱泉宿に泊まれば流離の断ちがたく 小庭に灯る侘助椿
白骨の出湯に浸かれば匕首(ひしゆ)のごとき山稜視えて零(ふ)りくる雪
浅間温泉街をもとほる乞食(こつじき)の白きはだへの基督羞(やさ)し
柚子の湯の浴槽(ゆぶね)に泛かぶわが身体 股間に黒き夜漂はせ
菖蒲湯に芯まで熱く沈みをり 五月の燕の描(か)く自由(フリーダム)
三軒隣ロココ調なる銭湯の煙突のぼれど杳(とほ)きアトランティス
明治生れの祖父と通ひし湯屋も無くかぽーんかぽーんと響(な)る音残る
巨いなる欅の裸身の父の背を湯に矚(み)し記憶も模糊たる冬
青きカランの噴く寒のみづ 隣家(となりや)の老ひの謡ひもいつしか絶えにし
湯煙りに曇る祖父(おほぢ)の眼鏡置く夜光に耀(て)りてそのままにあれ
髪洗ふ妻の哀しみ 一瞬の風の奔流に黒蝶乱(みだ)る
湯屋を出て十字路の夜 洗ひ髪冷えゆくままに蛮歌に泣かゆ
家風呂に浸かりてこぢんまりとゐし弟(おと)を憶へば西瓜のかをり
タイトルと選・笹公人
お題「湯・風呂・温泉」