
斉藤真伸さんの「秀歌鑑賞」です。
お楽しみください!
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「大板血」

戦争や災害など、社会を揺るがす出来事に遭遇してしまった人間が、それを短歌でどう表現するか。これはなかなか難しい問題です。
短歌は「記録性」という点では散文、つまり普通の文章には遠く及びません。ただ単に出来事を五七五七七の形で記述するだけならば、散文の形でなるべく正確に記述したほうが遥に後世の役に立ちます。
こういったテーマでは、どうしても第二次世界大戦のことははずせません。宮柊二さんのように一兵卒として戦場で戦った人もいれば、竹山広さんのように長崎で被爆した人もいます。
・ひきよせて寄り添ふごとく刺(さ)ししかば声も立てなくくづおれて伏す
(宮柊二『山西省』)
・くろぐろと水満ち水にうち合へる死者満ちてわがとこしへの川
(竹山広『とこしへの川』)

その歌人の名は田中拓也さん。「心の花」所属。千葉県出身で、いまは茨城県で学校の先生をされています。繊細で、さわやかな歌を作る歌人です。そして田中さんが十年前に遭遇した出来事とは、茨城県東海村で一九九九年九月三十日に起きた「東海村JOC臨界事故」です。
この事故についてはネット上にも多くの記述がありますので、詳しいことはそちらを参照してください。一口でいえば、核物質を扱う施設でずさんな作業が行われた結果、臨界状態が引き起こされてしまった事故です。いわば原子力発電所ではないところで核分裂がおきてしまったようなもので、大量の核物質が広範囲にまき散らされる寸前までいきました。
国内の原子力事故で死者が二人もでてしまったこと、周辺地域の交通・経済が二日間にわたってマヒしたこと、そしてバケツでウラン溶液を運んでいたというすさまじい管理体制などが、世間に大きな衝撃を与えました。
当時、田中さんは事故現場にほど近い場所にある学校に勤めていました。その時の模様が処女歌集『夏引』(ながらみ書房・二〇〇〇年)収録の「青い光」(二十九首)という一連に収められています。ちなみに「青い光」とは、核分裂がおきた時などに発生するチェレンコフ光のことです。
・関数の問題を解く少年の白き鼻梁に汗滲みたり
「一九九九年九月三十日、午前十時三十五分。茨城県東海村のウラン加工施設において臨界事故が発生した。」と、簡潔な詞書がついています。一見大筋とは関係ないシーンからスタートするのは、映画なんかでもよくある手ですね。この一首の場合、「白き鼻梁」に滲む「汗」が、これからおきる不幸な出来事を暗示しているようにもとれます。そして、「午前一時過ぎ。父親が原発に勤務している生徒が職員室に来た。『東海がまたやりましたよ。』と東海村で原子力関連の事故が発生したことをクラス担任に伝えた。」ことから、世界は暗転します。
・会議待つ職員室の談笑に臨時ニュースが広まりて消ゆ
・百出の議論も果てて定刻に定例職員会議終わりぬ
作者の口ぶりはあくまで平静です。ですがその平静さが、かえって事態の深刻さを際立たせます。
・家路急ぐ車の列に我も入りふと口ずさむ「夜空のムコウ」
・墨色の雨降りしきる国道をするするすると鼬(いたち)よぎれり
・キッチンに仕事帰りの妻は立ち麻婆茄子をざざと炒める
職場から家への帰路を描いた歌が続きます。どれも日常の光景としては、とりたてておかしなものではありません。ですが、「臨界事故」というよくわからない不気味なものを背景として置いてみると、その平穏さがむしろ異常なもののように思えてきます。つまり、臨界事故という「非日常」が「日常」を侵食しているのです。
「青い光」一連には、国の原子力政策に対する直接の批判などは出てきません。歌を補足する詞書も事実のみを淡々とのべています。そこを食い足りなく思う人もいるかもしれませんが、僕なんかはこれでいいと思います。書かれないことによってかえって強調されることだってあります。それに、「青い光」の作者を襲ったのは、その人間の思想信条などはおかまいなしに、まさしく無差別に人を殺す怪物でした。


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秀歌鑑賞更新お疲れ様です。<br />
いや〜…最後の二行はざっくりきました。<br />
普通の歌でもそうですが、社会詠だと特に歌の中では作者の考えをハッキリ示さず、読み手に委ねる方が心に響く作品になってることありますね。でも自分で読もうとするとつい一首の中で語ってしまいたくなるので難しいです。気をつけてはいるつもりなんですけどね。<br />
自分には無い視点を教えていただいたり、忘れがちな部分を思い出させてもらえるので、いつも楽しみにしています。だんだん涼しくなってきますがくれぐれも体調には気をつけて頑張って下さい。<br />
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P・S…全然関係ないですが、フォーレちゃんって可愛いですね!(本当に全然関係ないな…)
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今回の続きは近々発表します。<br />
省略するということはどれだけ「読み手」を信頼しているか、ということでもあります。<br />
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追記 J2のあまりの混戦に、試合のたびに僕の心はぶっこわれそうです。