2009年06月09日

秀歌鑑賞 by・斉藤真伸

「このカシオミニを賭けてもいい」


みなさんこんにちは。斉藤真伸です。今回は永田和宏さんの歌をご紹介します。

 永田和宏さんといえば、歌壇を代表する男性歌人の一人であり、優秀な科学者でもあります。ですから経歴だけみるとなんだかえらく真面目そうな人間を想像してしまうのですが、その作品にはさりげないユーモアと、数々の仕掛けが隠されています。

*低血圧低体温のゆらゆらと菱沼聖子はまだ学位がとれぬ

 一九九八年刊行の『饗庭』(“あえば”と読みます)という歌集から引きました(砂子屋書房刊)。さて、みなさんはこの一首をどう読みますか?

 永田さんは大学の先生でもありますから、次のような読みも出来るのではないかと思います。「ははぁ、これは自分の教室にいる出来の悪い学生(おそらく院生)のことだな。“低血圧低体温のゆらゆらと”ってなんだかとらえどころのないフレーズだけど、たぶんぼーっとした鈍い女性だな。“菱沼聖子”ってたぶん偽名だろう」。

 ところが、この“菱沼聖子”さんの正体を知っている人間の読みは次のようになります。「なんだぁ、永田さんも漫画読むのか」。

 佐々木倫子さんの名作漫画『動物のお医者さん』は、白泉社の「花とゆめ」誌に一九八七年から一九九三年に連載されていたコメディです。今でも白泉社漫画文庫で読めるはずです。とある大学の獣医学部のドタバタした日常を描いた作品で、ヒロイン(?)であるシベリアンハスキーのチョビの可愛らしさは大きな話題になりました。

 “菱沼聖子”さんは主人公たちが通う大学の大学院生です。はっきりいってあまり出来のいい院生ではありません。“低血圧低体温のゆらゆらと”というフレーズは、このキャラクターの特徴を端的に表しています。

 この歌がにくいのは、“菱沼聖子”を、作者の教え子だと読む人間がいるであろうことを、永田さん自身がきちんと計算しているところです。で、“菱沼聖子”の正体を知っている読者はちょっとニヤっとしてしまう。
 これは自分の作中から見えてくる“自己像”を、作者自身がきちんと把握していないと出来ない芸当です。

 最近は歌のリアルがどーたらと騒がしいんですが、短歌ってそんなに難しいもんだっけ? と、僕なんかはつい思ってしまいます。その一方で、この歌は小難しい理屈からできた歌ではありませんし、構造もシンプルです。それなのに、短歌の“私性”や“自己像”の問題について、いろいろと面白い問題を提示しているように思えます。

『饗庭』から何首か引いて、今回は終わらせていただきます。

*やわらかき春の雨水の濡らすなき恐竜の歯にほこり浮く見ゆ

*わが歌をときには読みているらしき学生たちのコーヒータイム

*旧仮名のをんなといえる風情にて日傘が橋をわたりくるなり

*息子へと傾斜してゆく妻の声怒鳴られてまたはなやぎを増す


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