2010年03月18日

鶴太屋劇場 第26回

幽霊桜

作・鶴太屋


デンドロビウム花咲くとみて蟾蜍(ひき)啼けり一陣の風身籠りゐしか


青葉寒 熊の眉間に一撃の銃(つつ)透きとほり水無月の水


さくらばな一花(いちげ)氷れる夢の外溝(どぶ)に映るはネオンの街か


一つ餅火鉢にふくれつつありぬわが窓透かせば濁世の灯(ほ)明り


絶望の火の一滴(ひとしづく)胸に咲き来歴問へば砂はく蜆(しじみ)


詩としての抒情装置は肯(うべな)へど水鶏(くひな)一羽も白く飛ばざる


メタセコイアの一樹陽(ひ)の色真夏日に汗にじむ地(つち)白線ぐいと


くろがねのにほひ流れて一閃の冬雷されば霙(みぞ)れてゐたり


第一志望「血みどろ臓物ハイスクール」の少女吐瀉して時じくの胃痛


海阪(うなさか)に一つ火の玉拝(をろが)みて濁世の穢れ美しく過ぐる


碧落を支へし一日(ひとひ)の無聊なり湯舟の檸檬足もて沈め


幽霊桜のこぬれに招く手が一つ蛇目傘(じやのめ)ぞ差せば黙して通る


一番星枯木にかかるたそがれのあはれほろ酔ひ肝(かん)透きとほる


桐一葉秋に揺れゐる望郷のこころ惨たり眼(め)に降るわくら葉


どの男も一人オートバイ疾駆せり揮発油かをれるアデン・アラビア


冬の果(み)の林檎にナイフ喰ひこませ一人(いちにん)の愛滅び去る見し


野兎の血を垂らしつつ樟の樹の一眼(いちがん)薄(うす)う感じつつある


栗鼠の血の麺麭(パン)に散るとき運河ゆく船一艘のなまぐさき火事


『ロリータ』に一輪の押し花 傘をもて花を薙げども密林の孤独


鯨カツの一切れ口に運びつつ思(も)ふ海のシェパードこそ狂犬か



タイトルと選・笹 公人

お題:「一(1)」


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鶴太屋劇場 第25回

石の脳髄

作・鶴太屋


石に刻む少女(をとめ)風中そのむかし縊れし傀儡女(くぐつめ)の一人かは


飢ゑ充たすとて石ねぶれども舌寒し クヌート・ハムスン忌の紫雲英田(げんげだ)


実石榴の熟るる季節に息吹きかけ琥珀少女(をとめ)のパッション・フルーツ


錐揉みの銀機絶巓をけずりたれば蜘蛛匍(は)ふ石にはしれる白露(はくろ)


大寒の鶏(とり)の蹴上ぐる凍土かなくちびる噛みて漱石の坐(ま)す


石動(いするぎ)の寒の市ゆく葱の香や雉子(きじ)の首提げ哭(な)けり美丈夫


骨壺のうたひをどれり大泉滉(あきら)の父たる黒石(こくせき)の骨


湧き来(きた)る数瞬の霧スコッチ乾(ほ)し石原裕次郎のにがわらひ


魚(うを)の棲む石あるべしや石を売るつげ義春に犬狼星(シリウス)ささぐ


浄夜なり道道の石響(な)り交へば紫水晶(アメジスト)の息吐ける少女子(をとめご)


石廊に花の葬儀のデジャ・ヴュ再(ま)た 砂糖漬けの父ほろにがき母


ギャングたち誰より死ぬる愛に死ね海石榴(つばき)咲く野にかぎろひの骨


オランウータン無心の眼澄みとほり宙(そら)への石段のぼらば楼蘭


祭囃子の記憶遙かに齢(よはひ)ふる 宝石の脳髄(なづき)飴いろに痺れ


墓標踏み倒し末枯(すが)るる故郷かな水晶石のうちの寒鮒(かんぶな)


ギリシアの裔の石殿炎ゆる日を伽藍ささふる女人柱(カリアティド)の黙(もだ)


石窟の画(ゑ)の馬駈くる形(なり)のままつぶらなる眼(め)は夜に濡れゐしか


ジェーン・バーキン歌へば熱のゆりかごに届けよ雪花石膏の詩(うた)


猫目石の釦(ぼたん)澄みたり精霊にゆき逅ひしのちのたかぶる炎


アヴェ・マリア聴きつつ凛(さむ)し石の薔薇けさ渾身の露湛へたる


囀り石のするどき傷や父(てて)なし子ひとり遊びに折る曼珠沙華


逢魔ヶ刻と笑ひて別れひとり蹴る小石のさむしあをき没陽(いりひ)よ


青き鬱のビタミン剤嚥(の)み夜をこめて読むなる明石海人のうた


紫苑雪野のしろたへ被(かづ)き枯れわたる点鬼簿焚けば石川淳の忌


石筆(せきひつ)を売るよろづ屋の世も過ぎて焼き茄子串に刺せば晩涼


石妖に憑かれ石工(いしく)の鑿(のみ)打てる火花と散ればひもじき蛍


根こそぎの夭(わか)き石楠花移し植ゑ鬱金(うこん)の鳥が花に溺るる


月光に碧(あを)き石筍きしりたれ薄氷の湖(うみ)わたる若僧(にやくそう)


娶らざる兄(え)に桜雨ふりそそぎ婚姻色の石斑魚(うぐひ)一尾や


他界の石ノ森章太郎ゑまひつつ草むす脳髄(なづき)のそよぐ少年



タイトルと選・笹 公人

お題:「石」
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鶴太屋劇場 第24回

浜辺のキューピー

作・鶴太屋


露の玉しとどなりけり流し雛暁(あけ)の空ゆけ悲の紺を薙ぎ


冬の浜辺に打ち上げられしキューピーを幻覚しをり位牌を担ぎ


はに丸ののたれ死にをる花野にて白ききのこを踏み躙りゐる


脣(くち)紅きからくり人形茶を運ぶ閑日の机(き)に黄昏の相


おきあがりこぼし倒れて返らぬまま泉水の亀が火を喰ひ散らす


藁人形火に焼(く)べ身命保ちたり二月の寒燈わが貌(かほ)映し


首もげしバービー悼みドーナツ食ふ睫毛きらりと蒼穹を刷(は)き


ぬひぐるみのお腹ほつれてふはふはと六腑真綿の陀羅尼をなぞる


九字切ればペコちやん人形あらはれりわが遠天(をんてん)の祈り揺るがせ


くれなゐの血と肉持てるわれなるかマネキン銃弾撃ちこまれ冬


マネキンに銃痕三つ虚空(そら)が視えぼくがみえちちははがゐる


マネキンの罅割れに舌挿し入れて夜毎堕ちゆくわが海のあり


マネキンに体温ほのと移るとき抱きしめてゐる乳房重たく


手にとりてずつしり重き銃弾と何も見てゐぬマネキンの眸(まみ)


膨らみゆくヒヤシンスの球痛ましく春愁ひのマネキンに備はざる


マネキンの両腕縛る春宵は自涜の花粉に渇きゐしわれ


廃ビルの庫(くら)にぎつしり詰まりゐるマネキンどれもどこかが欠けて


首筋に淡き愁ひの蜘蛛の子とぼくが見てゐる水着のマネキン


マネキンの朱き唇夢に顕ち褪せゆくままに冬ざれのデパート



タイトルと選・笹 公人

お題:「人形・ぬいぐるみ」
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